ノア 首筋の美しいひとが、ひっそり、悩んでいた。
ブランは籠からちょこっとだけ顔を出す。
ショウが車で送ると言うのを押し切り、店長は歩いて家路を歩く。
まだ雨は降り出したばかり。
傘を差すのもためらわれる。
「歩いたって15分くらいなんだから、仕事抜けなくてもね~?」
籠の中のブランに向かって話しかける。
「そういうとこが甘いってか優しいってか。」
辛うじて舗装はされているが、車が一台通るのがやっとの道は、アパートまでほぼ一本道。
「テント持って帰ってくれればそれだけで十分なのにね~。」
ブランは車に乗ったことはないが、ガブリエルのところで見たことはある。
映画の中で、四角い箱が動く姿はブランにとっては滑稽だった。
「人間って不便だね。飛べないし、魔法は使えないし。」
あれだけあの場所を離れるのを嫌がったブランだが、雨の中、あの場所で待つのは辛い。
ノアが来たらわかるよう、この辺りの風向きを少し弄った。
ブランの匂いを風に乗せても、誰も来なかった。
ということは、風を使っても帝王様には知られないと言うことだ。
「ブランはどこから来たの?覚えてる?」
籠から外を覗くブランに店長が笑い掛ける。
「どこから来たって……言っても分かんないと思うよ。人間には。」
ブランは通りすがる自転車を眺める。
「すごっ!あれ、どうやって乗るの?すっごいほっそい!」
「せめて首輪でもしてればね~。
電話番号とか、住所とかわかれば連れて帰ってあげるのに。」
「電話番号?住所?何それ?」
「しゃべれないからなぁ。」
店長は困ったようにそう言って笑う。
「ノアを探し回ったとこなら覚えてるよ!
草の中とか、木がいっぱいのとことか!」
ふとリボンを無くしたことを思い出す。
木に引っかかって、でも、とにかくノアを捜さないとと急いでいたから。
「そうだった!ノアとお揃いのリボン!」
ブランが籠から飛び出す。
「こら、ダメだよ。車が来たら危ない!」
店長がブランを抱き上げようとする。
ブランはキョロキョロと辺りを見回す。
「うん、たぶん、この辺!」
店長の腕を掻い潜り、草の中に入って行く。
「ダメだって。」
店長が慌てて後を追う。
立ち止まって辺りを見ながら、クンクンと匂いを嗅ぐ。
「そうそう、潮の香りと樹々の香り。仄かにする花の香りも……。」
そして、時々、微かに聞こえる鈴の音……。
ブランはピョコピョコ草の中を走って行く。
「ブラン、待って!」
店長が草を避け、大股で追ってくる。
「こっち!絶対こっち!」
ブランは草を抜け、樹々の中に入って行く。
「待て待てブランっ!」
店長が籠を揺らし、ついてくるのを確認して、ブランはさらに奥へ進む。
また立ち止まり、キョロキョロすると、左の奥の方にひらひらする青い物が見える。
「あった!」
ブランは一直線にそこへ向かって走る。
「ブランっ!おいら、そんなに走れない……。」
はぁはぁ息をしながら走る店長を気にしながら、青い物に向かって走って行く。
「やっぱり僕のリボン!」
リボンは低い木の枝にひっかかり、風にそよいでいる。
中央の鈴がチリンと鳴る。
リボンを見上げ、前足をリボンに伸ばす。
風に揺れるリボンはブランの爪に引っかからない。
「あんっ!」
後ろ脚で立って前足を伸ばす。
上手い具合に風が吹き、リボンを跳ね上げる。
やっと追い着いた店長が、ブランを後ろから抱き上げる。
「あ、ダメっ。僕のリボンっ!」
ブランがリボンに四肢を伸ばす。
「これか?」
店長が、引っかかったリボンを丁寧に解いて行く。
「これが欲しかったの?お前の?」
「うん、僕の!」
店長は外したリボンをブランの首に結ぶ。
ブランを前から眺め、うんと大きくうなずく。
「似合う!きっとこれはブランのだな?
違くってもこんなに似合うんだから、いいか?」
草に付いた雨で、しっとりしているブランを撫でる。
「雨の滴で濡れたな。家に帰ったら風呂だぞ。」
「風呂……あんまり好きじゃないんだけど……。」
ブランは首を傾げ、垂れ目で店長を見上げる。
「お前、風呂、好きじゃないんだろ?」
「そうだよ!ノアと一緒なら別だけど!」
「それは楽しみだ!」
店長は抱きかかえていたブランを籠に押し込む。
「もう締めちゃうからな?お前が逃げ出したのが悪いんだぞ?」
店長は籠の蓋を閉じ、草で濡れたズボンの裾を気にしながら、道路に戻った。
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ブランは籠からちょこっとだけ顔を出す。
ショウが車で送ると言うのを押し切り、店長は歩いて家路を歩く。
まだ雨は降り出したばかり。
傘を差すのもためらわれる。
「歩いたって15分くらいなんだから、仕事抜けなくてもね~?」
籠の中のブランに向かって話しかける。
「そういうとこが甘いってか優しいってか。」
辛うじて舗装はされているが、車が一台通るのがやっとの道は、アパートまでほぼ一本道。
「テント持って帰ってくれればそれだけで十分なのにね~。」
ブランは車に乗ったことはないが、ガブリエルのところで見たことはある。
映画の中で、四角い箱が動く姿はブランにとっては滑稽だった。
「人間って不便だね。飛べないし、魔法は使えないし。」
あれだけあの場所を離れるのを嫌がったブランだが、雨の中、あの場所で待つのは辛い。
ノアが来たらわかるよう、この辺りの風向きを少し弄った。
ブランの匂いを風に乗せても、誰も来なかった。
ということは、風を使っても帝王様には知られないと言うことだ。
「ブランはどこから来たの?覚えてる?」
籠から外を覗くブランに店長が笑い掛ける。
「どこから来たって……言っても分かんないと思うよ。人間には。」
ブランは通りすがる自転車を眺める。
「すごっ!あれ、どうやって乗るの?すっごいほっそい!」
「せめて首輪でもしてればね~。
電話番号とか、住所とかわかれば連れて帰ってあげるのに。」
「電話番号?住所?何それ?」
「しゃべれないからなぁ。」
店長は困ったようにそう言って笑う。
「ノアを探し回ったとこなら覚えてるよ!
草の中とか、木がいっぱいのとことか!」
ふとリボンを無くしたことを思い出す。
木に引っかかって、でも、とにかくノアを捜さないとと急いでいたから。
「そうだった!ノアとお揃いのリボン!」
ブランが籠から飛び出す。
「こら、ダメだよ。車が来たら危ない!」
店長がブランを抱き上げようとする。
ブランはキョロキョロと辺りを見回す。
「うん、たぶん、この辺!」
店長の腕を掻い潜り、草の中に入って行く。
「ダメだって。」
店長が慌てて後を追う。
立ち止まって辺りを見ながら、クンクンと匂いを嗅ぐ。
「そうそう、潮の香りと樹々の香り。仄かにする花の香りも……。」
そして、時々、微かに聞こえる鈴の音……。
ブランはピョコピョコ草の中を走って行く。
「ブラン、待って!」
店長が草を避け、大股で追ってくる。
「こっち!絶対こっち!」
ブランは草を抜け、樹々の中に入って行く。
「待て待てブランっ!」
店長が籠を揺らし、ついてくるのを確認して、ブランはさらに奥へ進む。
また立ち止まり、キョロキョロすると、左の奥の方にひらひらする青い物が見える。
「あった!」
ブランは一直線にそこへ向かって走る。
「ブランっ!おいら、そんなに走れない……。」
はぁはぁ息をしながら走る店長を気にしながら、青い物に向かって走って行く。
「やっぱり僕のリボン!」
リボンは低い木の枝にひっかかり、風にそよいでいる。
中央の鈴がチリンと鳴る。
リボンを見上げ、前足をリボンに伸ばす。
風に揺れるリボンはブランの爪に引っかからない。
「あんっ!」
後ろ脚で立って前足を伸ばす。
上手い具合に風が吹き、リボンを跳ね上げる。
やっと追い着いた店長が、ブランを後ろから抱き上げる。
「あ、ダメっ。僕のリボンっ!」
ブランがリボンに四肢を伸ばす。
「これか?」
店長が、引っかかったリボンを丁寧に解いて行く。
「これが欲しかったの?お前の?」
「うん、僕の!」
店長は外したリボンをブランの首に結ぶ。
ブランを前から眺め、うんと大きくうなずく。
「似合う!きっとこれはブランのだな?
違くってもこんなに似合うんだから、いいか?」
草に付いた雨で、しっとりしているブランを撫でる。
「雨の滴で濡れたな。家に帰ったら風呂だぞ。」
「風呂……あんまり好きじゃないんだけど……。」
ブランは首を傾げ、垂れ目で店長を見上げる。
「お前、風呂、好きじゃないんだろ?」
「そうだよ!ノアと一緒なら別だけど!」
「それは楽しみだ!」
店長は抱きかかえていたブランを籠に押し込む。
「もう締めちゃうからな?お前が逃げ出したのが悪いんだぞ?」
店長は籠の蓋を閉じ、草で濡れたズボンの裾を気にしながら、道路に戻った。